【寄稿】18世紀オランダの製紙風車は、循環型経済のパイオニア?
オランダの風車の働きといえば、揚水、製材、搾油、製粉、顔料や香辛料の粉砕を連想する。「製紙」がなかなか思い浮かばない。しかし、17世紀末~18世紀にかけての最盛期にはオランダに約40基の製紙風車があった。当時の製紙風車では、3種類の紙が作られていた。梱包用の灰色の厚紙、棒砂糖や漂白屋で漂白された上等の亜麻布を包むために使われた青い紙、そして高級品とされた白い上質紙である。この上質紙は輸出され、世界で広く流通していた。このことは、アメリカ独立宣言文の印刷物である「ダンラップ・ブロードサイド」のほとんどにオランダの製紙会社の透かしが入っていることからもわかる。
現在残っている製紙風車は、ザーン地方にあるDe Schoolmeester (1692) とDe Jonge Dirk (1959) の2基のみ。そのうち、今でも紙を作る工場として操業しているのは前者だけで、世界でも唯一である。一般に、紙の製造はパルプ作りと紙づくりに分けられる。パルプは紙の主原料であり、その成分はセルロース繊維である。通常は木材や植物を処理して製造されるが、De Schoolmeesterでは綿(コットン)や麻の古着、古寝具やキッチン用テキスタイル、または衣類の製造工程で出る切れ端や不良品から作る。パルプ作りは、それらを素材ごとや色ごとに分け、手作業でボタンや化学繊維でできているラベルなどを取り除き、適当な大きさに裂くことから始まる。裂かれた布は大きな木桶に移され、風が吹くのを待つ。風車の羽が回転すると、軸や歯車を経て風力が様々な機械を動かす。上下に動くノミのような道具で布切れを切り刻むもの(写真)、Hollanderと呼ばれる繊維を水と混ぜて叩解を行うもの、水切り・乾燥に使われるスペースにパルプ液を流し移すもの、どれもメンテナンスをしながら昔から使われてきた機械だ。
紙づくりは、あらかじめ作られた乾燥パルプに水を加えて適切な濃度の懸濁液を作ることから始まる。風力の役割はパルプ懸濁液を抄紙機に流すところで終わる。抄紙機は電力(昔は蒸気力)を使って幅広の細かい金網を回転させ、流れてくるパルプ懸濁液が薄い層を作るようにして紙を漉く。漉いた紙は、手作業で切り離し、重ね、 圧力をかけて絞る。最後に、全長60メートルもある乾燥小屋で吊るして乾かす。原料の布の色がそのまま紙の色になるので、何も加える必要はない。最もわかりやすい例としては、着古したデニムから作られる青い紙や、不要になった手術着から作られる緑色の紙がある。こうして作られたzaansch bordという厚手の紙は今でも販売されており(写真)、国内外の製本職人や芸術家の間で人気があるそうだ。
不要になった布製品から紙を作る。今まで考えたこともなかったが、綿、麻、紙の成分はセルロースなのだから、布が紙にリサイクルできるのは当然のことだ。インターネットで「衣類」+「リサイクル」+「紙」を検索すると、jeans paper やcircular cotton paperという言葉がヒットする。それらのウェブサイトで、オランダや日本をはじめ世界中の企業が繊維リサイクルの紙の製造に取り組んでいることを知った。それにしても、17世紀末の人々が風車でこの作業を行っていたとは、すごいことだ。
Zaanse Schansの見学はMolenmuseum(風車博物館)から始めるのがお勧めだ。歴史や仕組み、風車守の生活についての知識を得てから風車を訪れると、楽しさが倍増する。言うまでもなく、風が強く吹いている時に行くのが良い。De SchoolmeesterはZaandijk Zaanse Schans駅の西口から2.8 kmのところにある。歩けなくはない距離だが、歩道がない箇所があるので、自転車か車で行くのがベスト。最後に余談だが、仕事をしながら案内もしてくれる陽気な風車守さんが、De Schoolmeesterは数十年前に日本のクイズ番組で紹介されたことがあると教えてくれた。それは、あの有名な長寿番組だろうか?
* Blekerij‐綿や麻で織られた・紡がれた灰色がかった布地や糸を漂白する商い。
【執筆・写真】Skriptory
【参考サイト】
https://www.zaanschemolen.nl/molenmuseum/
https://www.zaanschemolen.nl/project/de-schoolmeester/
https://zaansepapiergeschiedenis.nl/
https://www.canonvannederland.nl/nl/noord-holland/zaanstreek