セージのコラム 旅の途中 ~美輪明宏さんを惜しむ~

“巨星、逝く。“

先日亡くなられた美輪明宏さん。

よく語られるこの言葉が、誰に対してよりも胸に迫った。

もちろんご存命の頃からご活躍だったことはそれなりに承知していました。ただこの方ご逝去後の各方面からの追悼のメッセージの寄せられ方がどんな方よりもかけ離れているような気がして筆を起こしました。

何が特別なのか?まずは悼む言葉を発せられる方の多様さがあります。老若男女問わず、故人に関わられた方悉くが暖かい感謝の言葉を送られてます。それはあたかも敵なんて一人もいなかったのではないかと思われるくらい、おしなべてです。

歌手、俳優、作家、政治家、ジャンルを超えたあちこちから、生前に親しくしてもらった、かけてもらった言葉が忘れられないとの声があふれています。その逸話ひとつひとつが独立して生々しく胸に響くのです。

旅立たれて既に10日以上が過ぎましたが、今でもお悔やみの言葉は溢れ出すように次から次へと発信され続けているのも特別です。まるで誰もが一言言わずにはいられないかのよう。

一貫して先の平和に関する発言や行動を折りに触れ発信され続けました。最後のメッセージも、“愛があれば戦争なんて起こらない“、という確固たる信念からのものでした。

「こんな世の中を

生き抜く武器は

愛の言葉しかありません

この世の全ての問題を

解く鍵は愛です

愛があれば

戦争なんか起こりません」

美輪明宏

体制におもねらない点も徹底してました。中曽根首相との会話も逸話として語らています。

中曽根康弘

「キミらみたいなのは海軍魂を知らんだろうな」

美輪 明宏

「ええ、年齢が年齢ですから、海軍魂は知りませんけど、原爆にやられました。竹槍の練習もさせられたし、銃後の守りでいろいろやらされました。でも、おかしいですね。そんなに海軍魂とやらが大層なものだったら、何で負けたんですか。向こうが原爆つくってる時に何で私たちは竹槍をつくらされてたんですか。自分の同僚を見殺しにして、おめおめと帰って来て、腹も切らないでのうのうとしている。そういう面汚しの厚かましいのが海軍魂なら、私は知らなくて結構です」

あの過激な右翼団体とされる一水会も、追悼メッセージを表明しています。

「歴史の生き証人、美輪明宏さんが天寿を全うされた。長崎市で被爆し、中曽根康弘氏の面前で旧軍の欺瞞を喝破した。三島由紀夫烈士と親交深く、「欠点は俺に惚れないことだけだ」と言わしめた。「自決前には、226の青年将校が取り憑いていた」と証言。昭和は遠くなりにけり。ご冥福をお祈りいたします。」

(Xより引用、一水会@issuikai_jp、https://x.com/issuikai_jp/status/2071160412444426514?s=46&t=asel3w0_Qm5uX-mo5xpyOw

懐の深い、それでいてさりげない優しさで、誰をも掬い上げるような絶妙な気配りで、あちこちの出版物やテレビ、ラジオで読者から寄せられるさまざまな悩み相談でも大変活躍されていました。

美輪明宏さんに、35歳の女性が相談をした。

「やりたいことが何もないんです。夢がない自分が恥ずかしいです」

普通なら「これから見つかっていきますよ」と励ますところだが、美輪さんは少し違った。

「立派な夢なんて、なくてもいいのよ」と、静かに微笑みながら言ったのだ。

そして続けた。

「私だって、やりたくないことを少しずつ手放していったら、たまたま今のような私が残っただけなの」

その言葉に、妙な救いがあった。

それが、結局は自分を苦しめない一番の近道なのかもしれない。

(Xより引用、てつ@tetsukawa1218、https://x.com/tetsukawa1218/status/2071232774330298369?s=46&t=asel3w0_Qm5uX-mo5xpyOw

「神武以来の美少年」ともてはやされたご本人、ジェンダーに関するタブーについてもお若い頃からオープンにして、悩める人々の心に光を与えるパイオニア的存在でした。

「自身の性的嗜好(しこう)に対する理不尽な差別や偏見など己の身に降りかかる火の粉を自ら払いのけ、逆境をバネにしてきた心底強い人である。「全ての人に優しく思いやりの気持ちを忘れないように」。美輪さんは常々そう口にしていた。この世の地獄も極楽も味わい尽くしたからこそ、社会的な弱者に心から寄り添うことができたのだろう。」

(スポニチからの引用、スポニチ元編集委員、合同会社アルカディア企画代表・川田一美津、https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2026/06/29/kiji/20260629s00041000031000c.html#goog_rewarded

スピリチュアルに通じておられたのも有名な話で、そんな超人的な雰囲気もあってか、ABCラジオの『上沼恵美子のこころ晴天』(6月29日放送)で、“亡くなる“という言葉がしっくりこない、という男性アナに返して上沼さんが「“戻って行った“みたいな感じやね」と述べたそうだが、なんだかとってもピッタリする表現にうんうんと共感。

自らの長崎での被爆体験や目の当たりにした戦争の経験から、一貫して反戦を呼び掛け続けておられました。まさに愛と平和の守護神。本当にかけがえのない方を亡くした思いがします。

「日本をこんな状態にしてしまった、張本人は誰か。それは実は政治家でも役人でもない、「被害者だ」と言っている国民自身に一番の責任があるのです。

「政治のことはよくわかんねえ」という無関心な国民の「無知」が、このような危機的な状況を招いたのです。不平不満を口にするばかりで、いざ選挙になると

「組織、知り合いに頼まれた」

「応援に来た人がイケメンだから」

などの愚かな情実関係の理由で、その不平不満の原因を作ってきた自民党にいつも票を投じてきたオッチャンやオバチャン、ジイサンやバアサンがいけないのです。

もう何十年も同じ過ちを繰り返し、自分で自分の首をしめているのにまったく気がついていないのです。」

美輪明宏

  1. またアガパンサスが美しい季節になりました