アムステルダムのディズニーランド化への抗議活動
アムステルダムの中心地では、TikTokやインスタグラムに載った店舗に長い行列ができるなど、ディズニーランド化が進んでいる。3人の若いアムステルダム出身者が、自分たちが育った街に危機感を抱き、抗議活動を開始した。彼らはユニークな行動を通じて、裕福な新住民の流入により地区の構造が変わることに注目を集めようとしている。「この新しく“改善された”街は、一体誰のための街なのか?」と疑問を呈している。
アムステルダムの9ストリートにあるスナック店「Fabel Friet」の前にはTikTokユーザーたちの長い行列ができている。店の周辺には、「店の近くでフライドポテトを食べないでください」と書かれた看板が置かれている。
TikTokユーザーのSunny Dは、チューンカフェ(Chun Café)のリブアイサンドイッチに、ゆで卵、スパイシーマヨネーズ、ハーブがのったこの料理を「アート作品」と呼ぶ。「これが最後に食べるものだったとしても、それで満足だ」と、彼は動画の中で語っている。そしてこのサンドイッチを求めて毎日長蛇の列ができている。
その場所にこの週末、謎の黄色とピンクのステッカーが現れた。「Skip the line? Scan the QR(行列をん抜けたい?QRコードをスキャンして)」と書かれている。
これはユニークな抗議行動だった。コードをスキャンすると、行列を抜け出せるわけではなく、画面にメッセージが表示される。そこには「親愛なる観光客へ、私たちの街へようこそ。あなたを責めるつもりはないが、この行列に並ぶことでジェントリフィケーションという巨大な問題に加担している」と書かれていた。
ステッカーはすでに撤去されたが、活動を行ったグループはこれを成功だと考えている。「多くの人が居心地悪さを感じ、それが狙いだった。彼らは恐らく知っているが見ないふりをしていたことに気づいたのだ。」
「Tegentrificatie(反ジェントリ化)」は3人の若いアムステルダム出身者によるグループで、彼らは法律上禁止されている無断ステッカー貼りを行った。彼らは、育った街がどのように変わってきたかに強い懸念を抱いている。先週末の行動のように、ジェントリフィケーションに関心を向けてもらうことを目的としている。ジェントリフィケーションとは、裕福な新住民の流入によって地区の社会構造が圧迫される過程を指し、「多くの人がいつかは巻き込まれる問題」だという。
かつて低料金で文化的な自由な空間だった産業地区のカフェ「Roest」の再オープンが、3人の抗議活動のきっかけとなった。この場所は以前は深夜まで開いているカフェだったが、今年は同じ名前で高級レストランコンセプトへと変貌を遂げた。彼らは、市のテレビAT5のインタビューでのオーナーの「粗野さはなくなったか?」との質問に「自然派ワインを扱っているからそうは思わない」という回答を「痛々しい」と感じた。
排除の問題
ジェントリフィケーションはしばしば「都市の刷新」として語られる。経済的に遅れた地区が改修され、魅力的になる。しかし3人は「その“改善された街”は一体誰のためのものか?」と問いかける。
彼らの観察によれば、家賃の高騰で小さな店舗や地域の自主性が消えていくのが現状だ。「問題は排除につながること。移民背景を持つ人々や低所得者、異なる文化的ニーズを持つグループが犠牲になる。」
今回のQRコード付きステッカーは彼らの最初の行動ではない。今年初めには、3WOというアムステルダムで30以上の飲食店を運営する店舗前に赤いスプレーで「ゲントリフィシエード(高級化されている)」と落書きした。「3WOは地域のためと言うが実際は利益追求だけだ」と彼らは批判する。
このような抗議行動は、アムステルダムの街の「魂」を守ろうとする市民の増大する声を示している。ジャーナリストのマルセル・ファン・エンゲレンは、最近の著書でアムステルダムを「成功の危機」にある街と表現している。人気店の騒音問題で市内住民が裁判を起こし、観光客数を制限する合意の遵守を求めて自治体を訴える市民団体もある。観光税の引き上げやホテルの客室数制限の措置が取られているが、来年には宿泊数が2660万回に達する見込みだ。
「これはみんなが関わるプロセスだ」
Tegentrificatieは今後もゲリラ的な活動を続ける意向で、対象は事業者だけでなく観光客や住民も含まれる。「私たちのメッセージは“みんながこの問題の一部だ”ということ。」
彼らはRoestの事例から、自分たちもその変化の当事者であることを実感した。「ただの楽しいクリエイティブスペースではなく、かつては放置されていた工業地帯を活気ある住居兼仕事場に変える意図があった。」活動を通じて問題を指摘すると同時に、選択肢を示したいという。「新しい地区に来たら、その場所を理解し、ただ支配しようとするのではなく共に暮らそう」