オランダあれやこれや

いろいろな人が書くオランダにまつわるエッセー。書き手、常時募集しています

雨降って地固まる
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オランダの親御さんなら(日本人でも)誰でも一度は通る道、子供の卒業試験。
私の家の近所のお宅でもパタパタとなびくオランダ国旗とその先っぽにかけられたリュックサックを目にします。“あ~懐かしいなあ”。
我が娘がVMBO(中等教育)を卒業したのは2010年。その後娘はHAVOに進んだものの、4年生を終了すると共に“自分がやりたいことは決まった”とMBO(中等職業教育)の芸術学校に入学しました。2年生に進級すると共に娘は学校の近くのスチューデントハウスで一人暮らしを始めました。親元から離れての初めての一人暮らしはそりゃあ楽しかったに違いないでしょうが、そのツケは間もなく回ってきてそれからの5年間余りは娘と私達にとって七転び八起きなんてもんじゃない日々が続きました。その後も娘はMBOを3度変わり(と言えば聞こえはいいですが、無断出席連続で3回退学になったのです)2005年スチューデントハウスを引き払い実家に戻り近所の学校に入学し自宅通学を始めました。4度目の正直です。

お蔭様で通常3~4年間かかるMBOを娘は1年間のスピードコースで終了し、ヤレヤレと胸をなでおろしたのもつかの間。夏休み終了間近、娘は突然“HBO(高等職業教育)に進む”と言うではないですか。しかも、もう入学申し込みはした、と。
MBOの卒業証書を所持していたので、入学試験はパスされ娘は無事HBOに入学しました。
1年生学期末、大学入学認定証であるPropeduseを修得。クラスで1年目でPropeduseを修得したのは僅か7人、そのうちMBO卒業組は娘1人だけでした。
こうして2年生、3年生、4年生と無事に娘は進級しました。卒業を前に4年生の後半半年間はAfstudeerstageと言って企業で研修・リサーチをしなければなりません。そして、そのリサーチ報告書(スクリプト)をまとめ学校に提出します。そのスクリプトが学校からOKのサインを出されれば次は担当教師と第三者の前で自らがまとめたスクリプトについて口頭で発表します。これは“ディフェンド”と呼ばれ担当教師と第三者からの批判に対して自分が書いたスクリプトを“守る”意見を述べなければなりません。これに合格すると卒業が確定となります。去年はコロナの影響で娘はフィールドリサーチが殆ど出来ず、スクリプトは不合格。再度書き直したものも不合格となり卒業が延期になりました。
その後半年間元研修先企業で働きながら新しい研修先探しをし、今年の2月から新しい研修先での再チャレンジが始まりました。この数週間私と夫は“そろそろ研修も終わる頃よね。スクリプト出来上がったのかな?”と気が気でありませんでしたが、娘に聞くのも何だか怖くて日は過ぎていくばかり。先週夫が“この週末にでも僕が電話して、それとなく聞いてみるよ”と言いいました。

木曜日の夜。夫は庭で夕しずみ、私は間もなく始まるサッカーヨーロピアン選手権オランダ対オーストリア選が始まる前に台所でオレンジをかじっていました。居間では夫の携帯が鳴っていました。居間に戻りテレビをつけ携帯に目をやると、数分前娘が電話をかけていたのに気づきました。間もなく娘からテレビ電話がかかってきました。“元気?”、“元気だよ”、“暑いねえ”、“卒業が決まったよ!”、“ええっ~~~~~!!!!”。
涙がボロボロ零れてきました。“よかったよかった!よくやった!”、“お母さんのベンチお祈りツアーも無駄じゃなかったんだね”と言う私の横で夫が娘に“ママは去年同様散歩中にベンチの前を通る度お前の卒業を祈ってたんだよ”と告げました。“昨日は池の周りの9つのベンチにお祈り。今日は歯医者さんの帰りに通ったバス停のベンチに向かってもお祈りしてきたよ。バス停のベンチだってベンチに変わりはないからね”と言う私に娘はちょっと照れくさそう。困った時の神頼み(ベンチ頼み?)じゃないけれど、離れて住んでいる娘の為に何かしてあげたい、去年のベンチお祈りツアーは効かなかったけど、今年は私の願いが届くかもしれないと親ばか丸出し。翌朝目覚めても“まさか夢じゃないよね?”と実感が湧きませんでした。ちなみに何故ベンチ?と言うと特に理由はないのですが、去年娘の第1回目のスクリプトが不合格になった後に娘と散歩しながら近所の池のベンチに座ってお喋りしたのがきっかけで2回目のスクリプトが合格になるように私は以来池の周りのベンチを通る度に“どうか今度は合格しますように”と祈っていたのです。

コロナの影響で卒業証書は各自決められた時間に一人づつ学校に取りにいかなくてはなりません。その席に私達も同席が許されるかどうか学校側の決断を待っている状態です。

雨降って地固まる・・・雨どころか台風、津波、地震が通過していったこの10年余り。
でも、我が家の“堤防”はくたばれなかった。
娘は数々の失敗を経験し遠回りもしたけれど、自分の力で立ち上がり目標を達した。
私達と娘のワクチン接種が完了したらお疲れ様と娘の肩を抱きしめてあげたいです。


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