ひきこもりが市民権を得る、コロナも捨てたもんじゃない

私にとって六月は家賃更新の時期です。
五月の初めに、私は不動産屋から家賃値上げの通達を受けました。五パーセント。たいした上げ幅ではありませんが、年間にすればそれなりの額になります。そして、ここで受け入れたら、翌年はそこからまた上がる。そして、その翌年もまた上がる。長いスパンで見たら、最終的には巨額の差を生むであろう、これが家賃地獄の第一歩なのです。
そこで私は、長いメールを大家に書きました。
私の大家さんは海外にいるのです。会ったことも話をした事もなく、すべてのやり取りは不動産屋を介して行われていますが、不動産屋の向こうにちらつく大家の影に、私は以前からなんとなく好意を抱いています。一度、下水道管が壊れて部屋じゅうがドブ臭くなったことがあります。訴え出たらすぐに対処してくれましたし、その時に、不動産屋が言うのです。大家が、お詫びとして花束を買って、領収書を送ってくれと言っていると。私は自分で花を買って、領収書を送りました。こんな洒落た大家がこの世にいるものかしらと瞠目しながら。

そんなロマンティックな大家さんの影に、私は切々と訴えました。
世はコロナ時代。誰もが経済的に不安定な時代に、私もまたひとりの外国人として、不安と闘っているのだということ。今のところ仕事はあるが、この先どうなるかは誰にもわからないということ。部屋自体はセンスが最高で、何から何まで気に入っていて、ずっと住んでいたいこと。だからもし部屋代を上げる事がどうしても必要だったら、その価値はあると思うので同意するが、できればそんな世知辛いことはやめてほしいと。
すると不動産屋から折り返し、家賃を一年間据え置きにするという連絡が来ました。大家が、「どうぞ健康かつ幸福でいてください」と言っていますって。やっぱり私の大家さんは、どうもちょっと素敵ですよね。
この一年で一番うれしいニュースでした。
家賃の値上げなどということは、どうせ言ってもダメだろうと最初からあきらめてしまいがちですけど、話せば通ることもあるようです。まず交渉してみることが肝要だと思った次第でした。

さて、先週の記事ですが。
https://www.portfolio.nl/news/buz/show/3084
オランダへの留学生が大幅に減るかもしれないというニュースがありました。
確かにコロナの影響下では、どの国であれ先行きが不透明で、留学生にとっては不安かもしれません。
現在、オランダの大学の授業は、90%がオンラインで行われているそうです。オランダへの留学を検討している学生にオンラインのみの授業でいいかという質問をしたところ、それでもいいと答えた学生は10%に過ぎなかったとか。
それはそうですよね。家にこもってパソコンの前に座っているだけでは、友だちも出来ません。先生とは画面越し。会話を交わすのは近所のスーパーの店員とだけ。はるばるオランダまで来て、話す言葉は基礎英語と自国語のみとなるでしょう。そんな留学生活あるかしら。
ただ、面白いのは、10%の学生は「それでもいい」と言っていることですね。どうしてよ(笑)。謎の少数派です。前きなのか、後ろ向きなのか。「オンライン授業のみなんてあり得ない」理由はすぐ見当がつきますが、「それでもいい」理由は考えてもなかなか見えてきません。個人的な何かかもしれませんが、こればっかりは本人に聞いてみないと。だたちょっと思うのは、もし仮に質問を変えて、「オンライン授業のみとリアル授業のみだったらどちらがいいか?」と聞いたら、この10%は「オンライン」と答えるかもしれないということですね。
考えてみれば、コロナがなくてもソーシャルディスタンスを保っていきたいタイプは昔からいます。彼らにとっては、むしろ現在の方が留学しやすい環境といえるかもしれません。
下宿に引きこもり、誰とも口を利かなくても、今なら「充実した留学生活を送っていない」と糾弾されることはありません。彼ら自身は時々外に出て、一人で静かに異国の風景を愉しめればそれで気が済むのです。授業なんかオンラインで十分。
ポートフォリオも言っています。
毎日学校に通ったところで、どっちみちオランダ人の友だちはできないって(「留学生、オランダ人社会に溶け込むのが難しく」)。いや、そんな言い方はしていないけれども(笑)。

最近になって気がつき始めたことですが、「コロナ」という言葉には、これまで負の要素とされてきたすべてをチャラにする不思議なパワーがあるようです。人間が嫌い。人と話すのが苦手。身体を動かすのが億劫。友だちがいない。
そういった自分の人間性に対して、世間が納得するような言い訳が常に見つかる訳ではありません。でも今はすべてにたいして、とりあえず「コロナで・・・」と言っておけば片がつきます。面倒くさい話はそこで終了。あとはのびのび自分らしくしていればいいのです。
若い人たちが気軽に海外に出て来られない世の中はとても残念ですが、もとから気軽じゃない人には、悩んでいないで今すぐオランダにいらっしゃいよ!と言いたいものです。
・・・まあ、今は渡航禁止なのか。 けむり