オランダで起業

ポートフォリオ・ニュースではオランダで起業したかたがたを定期的にインタビューしてご紹介しています。自薦他薦を問わずご興味のあるかたは、info@portfolio.nlまでご連絡ください。

2018-05-21

フリーランスの美容師としてオランダで起業した小野寧子さん

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ロッテルダムの美容室で「椅子を借りて」自営で美容業をしている小野寧子(やすこ)さんにお話を伺いました。P:ポートフォリオ、O:小野寧子さん

P:オランダにいらしたきっかけを教えてください。

O:オランダに来る前はロンドンで働いていました。ロンドンではワーキングホリデーという制度を利用して、2年間美容室で働きました。このビザは2年間有効だったのですが、これが切れる前に他の国で働く可能性を探していたところ、オランダで起業家ビザというのが取りやすいという話を聞きました。オランダにはその前にも旅行で来たことがあり、フレンドリーなオランダ人とリラックスした雰囲気が気に入っていました。そこで、エージェントを通してビザを申請したところ昨年2017年の9月に個人営業者としてのビザが取れたのです。

P:ロンドンの前は何をなさっていたのですか?

O:神戸で10年,美容師として働きました。自分で決めた仕事の10年継続を達成したので海外に出ようと思い、カナダでワーキングホリデー制度を利用し、語学学校に通いながら美容室で働くことにしました。カナダのトロントには1年おりました。カナダに居住しているとイギリスでのビザの申請が容易いこともあり、そのあとはロンドンで働くことになったのです。なぜ海外で働こうと思ったかですか? ロンドンにヴィダルサスーンという常に新しいヘアカットやカラーを発信している学校がありまして、美容学生時代からこのスタイルが大好きでした。日本で美容師をしている時にロンドンに二回ヴィダルサッスーンのコースを受けにいき、他の国の美容師さんとも関わる中で、日本以外でも美容師をしてみたいという目標ができたのです。

P:身一つでカナダ、イギリス、オランダへ移住するのはずいぶん勇気がいりますよね?

O: そうですね。カナダとイギリスは雇用されていたのである程度の生活は保障されていましたが、オランダはフリーランスですので、金銭的なリスクはありますね。オランダにはスーツケース2個で到着し、それから家を探し、仕事ができる場所を探しました。幸いロッテルダムのピクニックという美容室で、仕事ができるスペースを貸すいわゆる「椅子貸し」を提供していたので、すぐに契約し仕事を始めました。美容師は、スペースがあれば腕一本でどこでも仕事ができるという強みがあります。でもお客様を確保するまでは収入が一銭もないため最初のころは「明日のことはわからない」という状態でした。もちろん今でも毎日が予約で埋まっているというわけではないので、リスクはある仕事だと思います。

P:リスクがあっても美容師の仕事は楽しいですか?

O: 全くのゼロから始めましたのでお客様はつかず、貯金をくずして生活をするという日々が続きました。でもピクニック美容室にいる他の美容師さんからの紹介や口コミで次第にお客様が増えてきました。お客様はアジア系の人やヨーロッパの人、オランダ人も多く、仕事を通して色んな方と関わらせて頂けることがとても嬉しいです。ロッテルダムは外国人が多いためインターナショナルで、日本人に髪を切ってもらうのに何の抵抗もないようですね。

P: 日本人の美容師さんは人気がありますね。どこが違うのでしょうか?

O:日本人やアジア人の髪の毛は固くてストレートなため、カットがすごく難しいのです。カットしたラインが出やすいためごまかしがききません。そのため髪を切る前に、頭の形、髪質、そして毛流れなどを計算してからヘアスタイルをデザインします。また髪の毛が少し伸びてもヘアスタイルを保持しやすいようにも工夫しています。これは西洋人の柔らかくウェイブのある髪に慣れているオランダの美容師さんには難しいのかもしれません。
それと、ていねいなシャンプー。こちらの美容室では簡単に済ましますが、日本のシャンプーは丁寧に時間をかけてやりますよね。これが大好きというオランダ人のお客様も多いです。

P: お客様に感謝されるのは一番励みになりますよね。

O: 再来してくださるお客様に「自分でも手入れがしやすかった」などの褒め言葉をいただくのは本当にうれしいです。もうひとつこの仕事で楽しいのは、いろいろなお客様との出会いです。お客様からも、ただ ” 髪が伸びたから美容室にいかなきゃ” ではなく、気分転換やリフレッシュなど楽しみの一つとしていただけることを目指しています。

P: オフの時間はどうやって過ごされてますか?

O: 日本にいるころから雑誌用にモデルさんの撮影などをやっていたので、写真を撮るのは好きです。ロッテルダムでは湖の周りの散歩も気に入っています。あとはビール。オランダのビールは美味しいですね。 時間があればカフェに行ってビールを飲みながらいろいろな人に出会のが楽しみになっています。

P: 将来の計画についてお聞かせください。

O: 今のビザは2年間ですが、その後更新してここにしばらく腰を据えたいと思っています。フリーランスという形は初めての試みでリスクや怖さもありますが、全部楽しみながら、少しずつ自分の仕事のスタイルを見つけて、将来結婚、出産(?!)しても長く続けていきたいと思っています。

2018-05-10

子供のためのサイエンス教室を開催する福成海央さん

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前回ご紹介した福成さんの奥様である海央さんにもインタビューしました。

現在はご主人と共同運営をされていますが、実はサイネスを始めたのは海央さんです。ワークショップのあとに、アムステルフェーンの公民館のカフェで3人のお子さん(2歳、4歳5歳、7歳)を遊ばせながらお話をしてくださいました。P:ポートフォリオ、M:福成海央さん

P: サイネスを始めたきっかけを教えてください。

M: :日本にいるときから、子育ての合間に児童館や学童クラブなどで子ども向けの科学教室を開いていました。子どもが生まれる前には、環境教育関係のミュージアムに勤務、その後日本科学未来館にて科学コミュニケーターとして活動していました。もともと大学では海洋生物学を専攻し、こどもの野外活動の支援などにも参加していました。子どもが生まれてからは、フルタイムの仕事は辞め、科学記事の執筆や研究者支援活動、そして近所の児童館や学童クラブで教えるという仕事をしていました。オランダに移住してからも、なんらかの形でこれを続けたいと思い、サイネスを始めました。

P:  見ず知らずの土地で新しいことを始めるのは大変だったでしょう?

F:2016年にオランダに来たのですが、たしかに生活に慣れるのが最初の仕事でした。少し落ち着いてから2017年9月に、子どものためのお料理教室を開いていらっしゃるクッキングキッズさんとコラボさせていただき、サイエンスクッキングのワークショップを開催したのが、サイネスを始めるきっかけとなりました。10月からは、主人がプログラミングやロボットなど小・中学生向け、私が幼児~低学年向けの科学全般と内容を分担し、本格的に活動を開始しました。幅広い年齢層にサイエンスを楽しんでもらえるように、様々なワークショップを開発・実施してきています。

P: ご主人の福成洋さんは、ご自分の意思で日本の会社を退職しオランダに移住なさったのですが、海央さんは積極的に賛成されこちらにいらっしゃったのですか?

M: 実は、私はそれほど海外志向ではなかったのです。日本で自分が築いてきたキャリアや、これから日本でやりたいと思っていたこともありました。ただ、主人のオランダへの移住希望は以前から聞いていましたし、この機会を逃したら後はないと思い、家族で移住に踏み切りました。実際には自分の語学力の無さや、子供たち3人連れての生活に不安だらけでしたが、来てみたら思っていたよりも楽しく過ごせています。

P:日々の生活、お子さんの学校など、オランダと日本との違いはいかがですか?

M: 聞いてはいましたが、日本と比べてオランダの生活はあらゆる面でシンプルだなと思います。毎週のように新商品が出る日本とは違い、最初は少し物足りなさも感じました。今では逆に日本の生活のめまぐるしさを感じ、それに振り回されていたなと思うところもあります。
こどもたちは現地校に通っています。言葉の面でつまずくこともあるようですが、クラスメイトにも温かく迎えてもらい、毎日楽しく通っています。きっと、様々な人種やバックグラウンドの人たちを受入れているオランダの社会も背景にあるからでしょうね。とてもありがたいです。


P: ご主人はお子さんが自立できるようになるまでオランダに在住したいとおっしゃっていらっしゃいますが、海央さんも同じ気持ちですか?

M: あら、そんなことを言ってました(笑)? 私は最初3−4年かなあ、と思ってやってきました。ただ、心配していたよりもオランダの生活が快適に過ごせていること、サイネスを始めて日本ではできなかったキャリアが積めていることから、少し腰を落ち着けて、オランダでしかできないことにチャレンジしてみたいとも思っています。

P: 今後の展望についてお聞かせください。

M: ワークショップをハーグやロッテルダムあるいはベルギーなどの近隣国でも開催したいと思っています。日本では最近サイエンス関係の習い事も増えていますが、おそらく海外にて日本語で受けられるサイエンスワークショップというのはほとんどないかと思うので、他の場所でもそういう機会を提供できたらいいなと考えています。また社会と科学をつなぐ科学コミュニケーション活動も視野にいれていきたいです。具体的には、研究者と直接話をするイベントをしたり、科学の力で未来や社会がどう良くできるかということもワークショップに取り入れられたらと考えています。オランダにも留学や研究でいらしている日本人研究者の方が多くいるので、そういった方たちとも今後つながっていきたいです。

また、オランダにご主人の仕事で滞在しているいわゆる駐在ママの中にいろいろな才能やスキルをもっているかたがたくさんいらっしゃいます。ワークショッププランナーとして、サイエンスに限らずそういったかたがたに機会を提供し、教える側に立ってスキルを発揮させてもらうようなこともできたらいいなと思っています。

2018-04-24

オランダの会社に勤務しながら子供のための科学教室サイネスを運営する福成洋さん

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今回のインタビューは起業家というくくりにははまらないのですが、日本の会社を辞めてオランダの会社に知識労働者として就職し移住してきた福成洋(ふくなりひろし)さんです。週末にアムステルフェーンの公民館で子供向けの科学教室「SciNeth(サイネス)」を開催している福成さんの教室に潜入し、お話を伺いました。P:ポートフォリオ、F:福成さん

P: まずオランダに移住しようと決めた理由を教えてください。

F: :3つありまして、家族との時間を増やすためがひとつ。もうひとつは子供の国際的教育のため。最後に、自分自身の海外経験のためです。日本にいるときはワーカホリックで、深夜の帰宅や週末の仕事も当たり前でした。ほぼ毎週飛行機/新幹線で出張でホテル滞在。当然子供と過ごす時間はほんの少し。出張に出かけるときは、娘が「パパ行かないで~!!」と号泣するのもしばしばで、そういう時は私の方が泣きたいぐらいでした。自分はこんな人生をおくりたかったのだろうかと自問しつつ、長い間温めてきた「海外移住」の機を探っていました。

P:  どのような経過でオランダに移住されたのですか?

F:日本では外資系企業のコンサルタントとして、大学や公的研究機関の研究戦略支援を行っていました。具体的には研究力評価のためのデータ分析を行い、日本・韓国のトップ研究大学に研究戦略上のコンサルティングを行います。2016年にこの会社(日本法人)を辞職し、同じ会社の本社(オランダ・アムステルダム)に現地採用として再就職しました。仕事内容も変わり、現在は当社が販売する研究論文プラットフォームのデータ分析や、社内各部署の目標管理(KPI)など、もっぱら社内業務に従事しています。
日本にいるときより給与は格段に低いですが、労働時間は大分短くなり、家族と過ごす時間が大幅に増えことで、満足しています。

P: ご家族についてお話くださいますか?

M: 妻と、7歳、4歳、2歳の子供がおります。妻は子育てをしながら科学関係の執筆や児童館や学童クラブで実験教室を開催していました。子どもたちは日本ではインターナショナルスクールに通って英語環境に慣れさせていたのですが、オランダでは今現地の学校で学んでいます。子どもたちはあっという間に慣れてオランダ語も流暢です。

P:オランダの教育は日本と比べるとどう違いますか?

F: まずオランダの教育環境は、自由で楽しいなぁ~といつも感じています。日本の学校と違って、ルール(校則)なんてほぼないようなもので、子供達はのびのびしているように思います。また、親の関与が大きいですね。毎朝子供達を教室まで送っていくのですが、子供達は毎朝学校でやってことを見せてくれるし、その場で先生とも立ち話や質問ができるのもいいですね。
 教育内容については、日本では学習指導要領によって、学校で何を教えなければならないかを国ががんじがらめに決めていますが、オランダはいろんなタイプの学校があって、それぞれ自由に教育しているようです。オランダの教育といってもカトリック、プロテスタント、非宗教、イエナプラン、モンテッソーリなどたくさんありますので、身近で経験していることしか言えませんが。ちなみにうちの子供たちは、近所で空きのあったカトリックの小学校に通っています。
 ただ、科学教育は全般的に心もとないですね。日本のように実験道具が揃っている理科教室もありません。オランダ人の同僚も、アムステルダムはSTEM教育の機会が少なく、テクノロジー教育の面ではとても遅れていると嘆いていました。日本人の駐在家族にとっては、オランダにいることで語学は伸びても、理科や社会で遅れるのが悩みだという話も聞いています。一方、地域差はあるようで、工科大学のあるアイントホーフェンやデルフトでは科学教育も盛んと聞いていますので、視察に行きたいと思っています。

P: なるほど。それで子供向けの科学教室「サイネス(SciNeth)」を開始されたわけですね。サイネスは福成さんと奥様の海央(みお)さんがお二人で始めた科学教室だそうですが。

F: はい。もともと子供との時間を作りたかったのは、自分たちで科学教育をしたいという希望があったからなのですが、どうせなら他の日本人家庭も巻き込んだほうが楽しいし効果的だろうと考えました。
 低学年向けワークショップは海央が担当しており、今日は虹の原理を利用した万華鏡を作りました。高学年向けには私が、現在「乗り物の科学」シリーズを6回連続で開催しており、「重力」「空気抵抗」「揚力」「浮力」「推進力/プロペラ」と順に取り上げています。今日は"折り紙紙飛行機"や"切り紙飛行機"を作って飛ばしたり、「風洞実験」をする中で、「揚力」について学びました。このようなサイエンスワークショップは月に一度開催しています。このほかに、プログラミング教室とロボットワークショップを、幼稚園児、小学校低学年生、小学校高学年生、中学生向けに行っています。

P: 幼稚園児にプログラミングですか?

F: はい、でも幼稚園児がキーボードでプログラムを書くわけではありません(笑)。最初は、例えばCubettoという「積み木遊びの感覚で、試行錯誤しながら動かす木のロボット」を使います。ロボットの動きを、積み木のような部品を並べることで命令(コマンド)できるのですが、「前に3歩進んで、次に右に曲がれば、ロボットが学校に行けるね」などと、目的を定めてそこまでの道順を考えるという論理的思考を促す訓練です。

P: おもしろいですね! さきほど飛行機のワークショップを拝見させていただきましたが、黒板に向かって聞くだけの授業とは全く違う、実際に作って飛ばして学ぶというやりかたは、子供にとっても楽しいし学べますね。 授業もインタラクティブで、熱がこもっていました。福成さんは、今後もしばらくはオランダで働く予定ですか?

F: 永住とはいいませんが、子供がある程度自立できる年になるまで、あと10年ぐらいは住みたいと思っています。 

P: ありがとうございました。次回は奥様の海央さんに別の視点からのオランダ移住について聞かせていただきます。


2018-04-12

アレクサンダー・テクニーク教室を主催する椙本康世さん

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今回は、アムステルダムで「アレクサンダー・テクニーク」教室を主催する椙本康世(すぎもとやすよ)さんに、この教室を開くことになった経緯をお聞きしました。P:ポートフォリオ、S:椙本さん

P: まずオランダでこの教室を始められた経緯についてお話してくださいますか?

S: はい。アレクサンダー・テクニークについては後で詳しくご説明しますが、オランダに来たきっかけはこのテクニークについて習うためでした。
日本でも大学に勤めをしながら勉強をしていたのですが、どうも自分にしっくり来なく一旦止めていたのです。それが働いていた勤め先での契約が切れたため自由時間ができ、もっとこの勉強を続けたいと思いオランダに来ました。
オランダに来たのは2014年の1月です。アムステルダムにあるこのプライベートの学校は学生ビザの発行がなかったので、3ヶ月毎に日本に帰り、またオランダに来るという生活をしていました。

P: それは大変でしたね。お金もかかるだろうし。

S:そうなんです。ところがちょうどそのころ日本人向けのフリーランスビザ(自営業者ビザ)が出るということを聞き、一か八かで申請したところ2年間のビザがとれたのです。目的は起業ではなく、あくまでも学校を続けるためでした。これが2015年6月です。2016年6月に学校は卒業したのですが、まだビザは1年も有効でした。それなら、切れるまで居心地のいいオランダにいることにしました。私にとってオランダはすごく居心地がいいのです。

P: そこでアレクサンダー・テクニークの教室を始められたのですね。

S: はい。でも残りの滞在可能期間は1年。そこで、また一か八かで(笑)、フリーランスビザの申請をしたところ、これもうまく通り5年間のビザが支給されました。たしかに、とてもラッキーでした。ただ、教室を開いたところで、アレクサンダー・テクニークについてはほとんどどなたもご存知ないので、すぐに生徒さんは集められません。すこしずつ興味を持ってくれるかたがたが集まった今でも、午前中はアルバイトをしています。在日本の企業の仕事をオンラインでオランダで行うという仕事です。経理など総務一般です。

P: 大変ですね。実は私もアレクサンダー・テクニークについてよくわからないので説明していただけますか? 指圧やマッサージとは違うのですか?

S: 違いますね。アレクサンダー・テクニークはマッサージなどのような直接の治療は行いません。治してあげる治療というよりも、自分から治るように体の使い方を覚えるというものです。簡単に言えば、心と身体の使い方を再教育する方法で、タスマニア出身の俳優アレクサンダー氏によって100年以上も前に始められたものなのです。この舞台俳優が、ある日突然声が出なくなるという問題に直面しました。医者にいっても埒が明かなかったのですが、身体の使い方に原因があるのではと考え、これを正したところ声が出るようになったのです。その後イギリスでこのアレクサンダー氏が考案したテクニークが広まり現在に至っています。身体の使い方を覚えることでパフォーマンスの向上が期待できます。

P: どんな人がこのテクニークを使っているのですか?

M: 俳優や音楽家そしてダンサーが多いですね。音楽家は声楽家だけではなく常に不自然な姿勢で楽器を使う人もこのテクニークを採用し、よい結果が出ています。もちろん、一般の人で肩こりや腰痛がある人もいらっしゃいます。身体の使い方を覚えるとこういった悩みも解消できるはずです。先日は学校の先生で、生徒の前で話がうまくできるようプレゼン能力を改善したいというかたもいらっしゃいました。これはビジネスシーンでももちろん使えます。

P: 面白いですね。

S: はい。大切なものは、既に自分の中にあるのです。このテクニークを発展させたF.M. アレクサンダーさんは、ひたすら鏡に写る自分の姿を観察することで、こころとからだの統合された使い方を学んでいったのですよ。まさに、自分の中にある答えの発見でした。
私が、そのような、既に自分の中にある答えを発見する道具として、アレクサンダー・テクニークを選ぶ理由は、おもに二つ。シンプルであることと身体性を忘れないことです。特に、からだを忘れないことで、無限のアイデアや望みや思考が、宙に浮いたものでなく、今ここに生きている私たちの現実になるのだと思います。


2018-04-02

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今回は「MONO JAPAN」で日本の「もの」をオランダに紹介している中條永味子さんにお話を伺いました。中條さんはJapan Cultural Exchange (JCE)を2015年に設立、日本そしてオランダの文化の発信を行っています。P:ポートフォリオ、C:中條さん

P: 今年で3回目になる「MONO JAPAN」に伺わせていただきましたが、増々盛況のようですね。日本にいてもあまり目にしない美しいものや、すぐれた品物がたくさん展示販売されていて楽しめました。オランダ人の来場者もすごく多かったですね。「MONO JAPAN」を始められたきっかけを教えてください。

M: 2014年に九州を旅行する機会がありました。そのときに、たくさんの素晴らしいものづくりをしている人たちに出会いました。そのとき、つくり手が高齢化していく中、これらのモノを継承し、かつ海外に紹介できないかという気持ちが湧いたのです。2015年に日蘭文化交流を目的としたJCEを設立し、温めていたこの紹介が実現に向かって進むことになりました。

P: JCEを設立し、すぐにMONO JAPANを始めたのですか?

M:その前にこのプロジェクトを前に進めるきっかけとなった多くの出会いがありました。それは運命的とも言っていいかもしれません。準備期間中にインテリアの見本市であるメゾン・エ・オブジェやアンビエンテに出向いていたのですが、そのアンビエンテにて日本のインテリア界でトップの座にいらっしゃる「Time & Style」(注:2017年にアムステルダムにも店舗開店)の吉田社長そしてMUJUNの小林新也氏にお会いする機会に恵まれました。彼らが私の背中を押してくれたのです。

P: 2016年から毎年「MONO JAPAN」の会場は文化大使館という異名を持つ「ロイドホテル」を選ばれましたが、そのいきさつも教えてください。

M: ロイドホテルの代表スザンヌ・オクセナーさんは多くの日本人アーティストと懇意にしています。その関係でスザンヌさんに知り合うことができたのです。RAIのような無機質な会場を使いたくないと思っていたところだったので、これも本当に素晴らしい出会いでした。さらに実際にプロジェクトを始める段階で、著名な舞台デザイナーの遠藤豊さんやグラフィックデザイナーの武田雅也さんの協力を得ることができたのですが、これも運命的な出会いだと思っています。

P:たくさんの運命的な出会いがプロジェクトを成功させたのですね。これも人を引き寄せる中條さんの人格、そして人脈と熱意が実を結んだのだと思います。

M: たしかに周囲のたくさんの人に助けていただきました。とくに在日オランダ大使館を始めとする多くのオランダの団体にはお世話になりました。いつかはオランダに恩返ししたいと思っています。

P: MONO JAPANの他にもいろいろなプロジェクトに取り組んでいらっしゃるようですが。

M: はい、例えば「アルツハイマー・カフェ」の日本への紹介です。これは日本からの視察をお手伝いすることがきっかけとなり始めたものです。日本からの起業視察のアテンドもJCEの仕事のひとつです。

P: オランダに居住を始めたきっかけは?

M: 2000年に友人を訪ねてオランダを旅行しました。そのときからオランダが気に入ってしまい、長期滞在の手立てを考えたのです。運良く米国系の広告代理店に入社することができ、そこでグラフィックデザイナーとして働きはじめました。それから日系企業を経て、2015年にJCEを設立しました。

P: 日本への出張も多いし、いろいろな分野で活躍していらっしゃるので、自由な時間は少ないでしょうけれど、趣味はありますか?

やはり、仕事になってしまいますね。(笑) でもとくに「ものづくり」への探求は趣味になっています。

フリーランスの美容師としてオランダで起業した小野寧子さん


子供のためのサイエンス教室を開催する福成海央(みお)さん


オランダの会社に勤務しながら子供のための科学教室サイネスを運営する福成洋さん


アレクサンダー・テクニーク教室を主催する椙本康世さん


MONO JAPANの中條永味子さん


リラックス・マッサージのモンタさん


映像作家の小倉裕基さん


理学療法士の桑原さん


日本人ドライバーサービスの村上さん